第1回国際ジュニアソフトテニス大会(3)

第1回国際ジュニアソフトテニス大会の記事(3)です。
第1回国際ジュニアソフトテニス大会記事(1)
第1回国際ジュニアソフトテニス大会記事(2)
免責事項:意図しない解釈等を事前に防止するために、以下各事項をご理解ください。 第1回国際ジュニアソフトテニス大会に関する記事としては(3)になりますが、大会4日目(最終日)を記事にしたものです。

前日でシングルスの予選が終わり、最終日に決勝トーナメント(予選リーグで各リーグ1位の選手)とチャレンジトーナメント(予選リーグで2-3位の選手)が行われました。
各ゲームについての通訳としての確認事項は2日目以降は同じです。
・試合の種類(15歳以下男女、18歳以下男女、21歳以下男女、決勝/チャレンジ)
・コート番号
・試合番号
・国
・選手
という感じです。3日目以降はアナウンスは減り、試合運営事務所(12面コートの中央)からトランシーバーで連絡が来るようになり、個別の選手を捜して案内する時間はかなり短縮されました。これは運営、選手、通訳にとってかなりプラスだったと思います。

朝イチで大会運営本部よりその日のトーナメント表等を貰います。通訳ボランティアも毎日が同じ人ではないので、その日の表の見方等を通訳同士で確認します。通訳が試合に参加するのではないのですが、選手を探した時に必ず「何処のコート?」とか同じ国の選手に「誰?を探してるの?」と聞かれるので、表の見方を知っておく必要があるのです。

また、2日目、3日目と違い、月曜日だったので鈴鹿サーキットのフラワーガーデンホテルに滞在している選手や関係者が四日市ドームに移動するのに朝の渋滞にはまったようで、多少遅れたようでした。到着してから試合開始まで約15分程度だったと思います。簡単に言うと、その15分内に参加国全ての責任者にその日のトーナメント表を渡す必要があるのです。これが結構難しいのです・・・通訳ボランティアで手分けしてマカオを除く国全てには、配布できましたが、マカオだけ試合開始と同時位になってしまいました。マカオのコーチの方、選手の方、ご迷惑をおかけしました。

予選リーグと違い、トーナメント方式になった事で、多少前日との違いが出てきました。トーナメントであるので、敗者はその後ゲームがない場合が多くなりました。(3位決定戦等は別)決勝トーナメントは、強い国の選手が必然的に多くなるので、試合慣れしていますが、チャレンジトーナメントは、予選で2-3位だった選手で構成されるので、同じ国の選手同士で争うゲームが増えています。また、敗者はその後、試合がなくなるので、残った選手を応援する為に、参加者が少ない国は全員でその試合があるコートに移動するという傾向がありました。

どの国の参加者が四日市ドームの何処に居るかを朝に確認するのですが、その情報が時間が経過するとあまり意味のない情報になってくるのです。ユニフォームに特徴のある国等は探せるのですが、参加者席からは離れるので、ドーム内で通訳もそれに応じて離れて待機する必要が出てきます。運営事務所に1人、待機席に1人、会場を回る人が1人という感じです。英語でない場合には、それぞれの国の参加者と一緒に移動も可能であった国もあったようです。

前日に色々な国の選手やコーチを探して、お話しした事もあり、最終日になると選手からも何か質問があると聞いてくれるようになり、こちらも選手や責任者を探す時間が多少短くなったように思いました。

大会的には、参加者の少ないソフトテニスがあまり盛んでない国の選手は試合が殆ど終わってしまいますが、それらの選手が意外な所で各国から人気がある事情が最終日にはあったのです。選手達を見ていて、参加してよかったと思ってくれるかなと感じましたね。

最終日ならでは・・・がその他にもありましたが、一通訳ボランティアが感じた事になるので、つまらない話かも知れません。

通訳ボランティア的なならでは:
・他の通訳ボランティア人を知る事ができた。
・知らない国のお国事情を知ることができた。
・1スポーツのジュニア選手を世界規模で育成するのは大変だなと思った。
・国際イベントで運営側、参加側の両方の意見を聞く事ができた。

という感じですかね。

〜・〜・〜・〜・〜・〜続き〜・〜・〜・〜・〜・〜

これは私個人のBlogになるので、私個人の意見しか記載する事ができませんが、各通訳ボランティアと運営側の通訳の方を良く知ることが出来て、自分の中にも目標というかそのような物を感じました。
  • 主人が一流企業に勤めて、海外転勤中にその国の言語を覚えた上品な女性の方。
  • 海外から日本に来て日本語、母国語、英語を話せる方。
    (言葉だけでなく、文化や習慣の違いを良く知っていますね。)
  • 英語だけでなく、他の言語を大学で勉強し留学してその国の言葉を流暢に話せる学生さん達。(スペインへ留学していた女性、ロシアに留学していた女性がいました)
  • 退職して通訳ボランティアで国際交流を支援している元教師の方。
    (2名が元教師で退職して今では国際交流を支援しているのです。)

普段は一緒に活動する機会が少ない通訳ボランティアの人を知ることで、他の言語への興味や、各国の魅力、自分の仕事について色々と考えさせられました。自分がどのように思われていたかは分かりませんが、運営側のボランティアの人に「日本の方ですか?」と2回位聞かれたので、日本語を話す日本人ぽい人に見えていたのかも知れません・・・

話が多少逸れましたが、参加者の少なく、ソフトテニスがあまり盛んでない国の選手達が他国の選手ととてもよく交流している場面が最終日にはありました。お金の交換です。両替ではなく、他の国のお金を自分の国のお金をお土産として交換してるのです。特にハンガリーの選手のお金は人気があったようで、自分のお金が無くなって、同じチームメイトを呼んで、お金を交換していた場面がありました。また選手同士で対戦した後に、自分の所属するスポーツクラブの大きな旗の前で他の国の選手やコーチと写真を撮ったりしていました。ソフトテニス大会では上位にいけなかったのですが、その選手達にとっては良い思い出になったのではないでしょうか。

また、楽しそうな思い出だけでなく、残念な事もありました。インドの選手で若い女の子がカメラを前日に会場で落としてしまい、探してもないので・・・と言ってきました。落し物コーナーに一緒に行き、確認したのですが、カメラはありませんでした。しかしカメラや他の貴重品をブランケットやマフラー等の落し物と一緒の箱に入れてない可能性や、運営側ではなく、会場となった施設を管理している事務所にもある可能性もあったので、後で可能な限りの確認をするということで、一旦説明を終えました。その確認をして本人に連絡する事をメモっていたのですが、確認が遅れてしまい、その後、本人から「カメラ出てきた?」と聞かれてしまい、再度確認をしました。
結果的には無かったのですが、単に「無かった」と確認せずにいうと、主催国の責任になったり、運営の責任や通訳の責任になったりするので、落し物コーナーや、運営本部、施設管理本部にも確認したが、無く、本当に申し訳ないと伝えると悲しい顔をしながらも本人は理解してくれたようです。運営本部や施設本部にも有難うと伝えてくださいと言ってきました。インドの選手のそういうマナーと言うか、小さい子でもそう言えるのが凄いなと思いました。

決勝トーナメントは、ソフトテニスの強豪国の選手が殆どなので、選手も責任者も国際試合慣れしているのか、呼び出し等はあまり無かったように思います。通訳ボランティアとしては、チャレンジトーナメント側にいる事が多かったです。

因みにソフトテニスのアジアチャンピオン(世界チャンピオン)になると、試合でも雑誌のカメラマンや他の国のコーチが写真やビデオを多く取っていました。カメラはコート横、ビデオは観客席からという感じです。

自分が居た場所からは上手に撮れなかったのですが、こんな感じで隣のコートにもカメラや観客は多くいました。



前回の記事の9歳の選手は、試合が終わると普通の女の子のように、自国の選手とラケットとボールで遊んでいました。そのほのぼの感で癒されますね。彼女にとっては、15歳以下で後6年挑戦できるので、また何処かで参加しているかも知れません。

参加国の中には、本来は政治的な理由や歴史背景で仲の悪いはずの国もあったりするのですが、選手同士が戦った後も仲良く話をしていたりするのを見ると、スポーツは国際交流の媒介としては、大事だなと感じました。大会終了後には、選手や関係者の滞在先のホテルでパーティーが行われたので、その場でも選手同士や関係者同士で楽しく過ごせたと思います。私は用事があったので、そのパーティーには参加できませんでしたが、誰かが私の分を楽しんでくれていれば自分はそれで幸せです。

通訳としての活動も言語の勉強になりますが、それ以上にとても学ぶ事や感じた事が今回は多くありました。このような機会を提供して頂いた、日本ソフトテニス連盟三重県ソフトテニス連盟三重県国際交流財団には、とても感謝しています。また、地元のソフトテニス連盟のメンバーや、ソフトテニス部の高校生も会場でボランティアとして多く活動しているのですが、みんな素晴らしい人ばかりでした。過去のボランティア活動も良い人ばかりでしたが、今回は規模が大きい事や人数も多かったのですが、とても思う事が多かったです。

この大会の通訳ボランティアのオリエンテーションの際に、説明があったのですが、「ソフトテニスを国際的なスポーツにし、オリンピック種目にしたく、その為には、世界のジュニアを育成しなくてはならず、第1回国際ジュニアソフトテニス大会はその第一歩」という事を考えると、国際大会に不慣れな国があっても何ら珍しい事ではなく、この大会の為にソフトテニスを始めた選手や国もありました。ソフトテニスのラケットやボールですら買うのに苦労する国(決して経済的な理由ではなく、商品があるかないか)もあるのです。それらの国の選手達にとっては、国に戻ってからソフトテニスと日本の大会が良い思い出として語って貰わないといけないのです。その目的を尊重したうえで通訳ボランティア活動を行わないといけないのです。それが主催者の依頼であるので、それを忠実に行うとなるとそれなりの事をしないといけません。自分では頑張ったつもりですが、どこまでお役に立てたかは、参加した選手が国に戻って、他の人に四日市での大会は良かったと言って貰うまで分かりません。そう言って貰えるように期待するのみです。

また、この様な趣旨で国際大会の第1回を行う主催の意気込みというのは、凄いの一言です。参加した選手が良い思い出になるように、賞を多く準備していました。メーカーの協賛やサポートもそのような趣旨があって、とても素晴らしかったです。1つのスポーツを世界に広める中心となっている場所に、参加できたのが一番の思い出です。

因みに試合結果や試合の様子は、次の各サイトで確認してください。
日本ソフトテニス連盟公式サイト:大会結果速報
三重県ソフトテニス連盟公式サイト
三重県ソフトテニス連盟TV
ソフトテニスホームページ

大会で頂いた記念品やお土産:
日本ソフトテニス連盟から頂いたストラップ:

会場で使用したウィンドブレーカーも記念品として頂きました。

ネパールのコーチから頂いたピン(後ろにピンが付いています)

中の「剣」が取り出し可能


オランダの選手から頂いた置物:

その他会場で台湾の人から頂いた「みかん」や飴等色々ありました。


さぁみなさんもソフトテニス始めてみては!
ソフトテニスって何?っと思う人はこちら:ソフトテニス@Wikipedia


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